盛岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)36号 判決 1979年5月31日
原告 佐々木敏雄
被告 盛岡税務署長
代理人 佐藤哲郎 佐渡賢一 吉越満男 ほか三名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 原告は
1 原告の昭和四一年分の所得税について、被告が昭和四二年九月二三日にした更正請求棄却処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、被告は、主文と同旨の判決を求めた。
二 原告は、請求原因その他の主張として次のように述べた。
1 原告は、鮮魚及び青果物等の小売業を営むものであるが、原告の昭和四一年分の所得税について、昭和四二年二月二八日、原告から被告に対し確定申告書が提出されており、右確定申告書には、所得金額が金七四万三、六〇〇円、税額が金三万七、六七〇円である旨記載されている。
2 ところが、右確定申告書は、被告の担当職員が、原告の署名押印のある確定申告書用紙に、原告の言い分を聞かずに、課税用の参考資料に基づき一方的に、右のような数額を記入したものであつて、原告としては、その税額について納得をしたわけではない。
原告の同年分の所得金額等は、別表(一)中原告主張欄記載のとおりであるから、前記申告(申)税額は、明らかに過大である。
3 右のとおり、原告の同年分の真実の所得金額は、前記確定申告書記載の所得金額を下回るものである。なお、その算定について被告のした推計は、次の理由により合理性がない。
(一) 原告は、昭和四一年には株式会社むらかみ食品から鮮魚と食料品を仕入れていたが、その仕入代金のうち八五パーセントが鮮魚の、一五パーセントが食料品の仕入代金であつて、被告が右の仕入代金を五一対四九の割合で区分したのは事実に反する。
(二) 原告の店舗は、その東側に北上川、西側に国鉄の諸施設や線路、南側に盛岡駅前の商店、旅館街(一般市民の居住者が少なく、同業者もいる)、北側に鉄道病院等や夕顔瀬町の商店街があるなどの地理的条件の故に、ごく限られた地域内の住民しか顧客対象とすることができない。しかも、付近には国鉄職員の住宅が多いうえ、その中に国鉄物資部の売店があつて、鮮魚、青果物等が、国鉄関係者ばかりでなく一般市民にも市価より安い値段で販売されているため、原告としては、市内の同業者より値段を安くして顧客を維持するほかはない。
これらの事情により、原告の差益率は、盛岡市内の同業者の平均をかなり下回り、二割程度にすぎない(したがつて、被告主張の平均原価率によつて売上金額を推計するのは相当でない)。
(三) 原告は、その営業が不振をきわめたため、現在では、店舗は妻に細々と続けさせたうえ、自らはむらかみ食品に雇傭され、その賃金を得てようやく生活を維持している状態にある。また、原告は、昭和四二年以降の分について、別表(三)のとおり確定申告をしているが、その確定申告にかかる所得金額が同業者の平均を下回つているのに、これについて、いまだ更正決定や事後調査を受けたことがない。これらの事実からすると、原告の昭和四一年当時の所得金額は、同業者の平均をかなり下回つていたものと推認するのが合理的である。
4 そこで、原告は、昭和四二年五月一五日、被告に対し、更正の請求をしたが、被告は、同年九月二三日これを棄却した。また、これに対する原告の不服申立とその結果は、次のとおりである。
(一) 昭和四二年一〇月二三日異議申立 同四三年一月二〇日棄却の決定
(二) 昭和四三年二月一九日審査請求 同年六月一四日棄却の裁決
5 本訴請求は、被告のした右更正請求棄却処分が、前記申告にかかる税額が右のとおり明らかに過大であることを看過した点において違法であるとして、右処分の取消を求めるものである。
三 被告は、答弁等として次のように主張した。
1 原告主張事実1、4は認める。
2 同2は、別表(一)中番号2、4ないし12、14、16ないし20について、これを認めるほかは、すべて否認し、争う。
3 被告は、原告の更正請求に伴い、原告の当該年分の所得等を調査したところ、その結果が別表(一)中被告主張額欄記載のとおりであつて、原告の所得金額が前記確定申告書記載の額を上回ることとなつたので、右更正請求を理由がないとして棄却したものである。したがつて、本件更正請求棄却処分は適法なものというべきである。
4 なお、原告には、帳簿の備付けや売上金額の記録がなかつたので、被告は、原告の所得金額について、仕入先の調査の結果等に基づいて売上金額を推計することにより右のような認定をしたが、その経過及び原告の主張に対する反論は次のとおりである。
(一) 売上原価について
原告は、その取扱品のうち青果物を小口現金で仕入れていたが、その仕入先及び仕入金額が明らかでないので、その仕入金額を、原告の申立どおり金五万円とした。
次に、原告は、鮮魚及び食料品を前記むらかみ食品から仕入れていたところ、昭和四一年にはその仕入金額が金四九三万六、七九二円になつたが、鮮魚と食料品の割合について、原告の申立に根拠が乏しく、かつ同会社においてもその区別が不可能であつたので、昭和四二年一二月における各仕入金額の割合(鮮魚四九パーセント、食料品五一パーセント)に従い、前記仕入金額四九三万六、七九二円を、鮮魚の仕入金額二四一万九、〇二八円と、食料品の仕入金額二五一万七、七六四円とに区分した。
以上のとおり、昭和四一年においては、原告の仕入金額が合計金四九八万六、七九二円であるところ、同年について、期首及び期末の各たな卸高が明らかでなく、かつ当時原告の営業形態及び規模に著しい変動が認められなかつたので、被告は、たな卸高が期首期末とも同額と認定したうえ、右仕入金額をもつて、売上原価と認定した。
(二) 売上金額について
被告は、原告の取扱品目ごとに、盛岡税務署管内その他から昭和四一年分所得税の青色申告をした類似同業者を、一定の条件のもとに相当数選定したうえ、その平均原価率を算出した。その結果は、別表(二)記載のとおりであるが、鮮魚、食料品、青果物について、それぞれ、前記売上原価を右の各平均原価率で除すると、その金額が、鮮魚につき金三一九万一、七五一円、食料品につき金三一七万七、三九〇円、青果物につき金六万四、六六〇円、合計金六四三万三、八〇一円となるので、被告は、これをもつて当該年分の売上金額と認定した。
(三) 原告の店舗の近くには、国鉄共済組合物資部盛岡配給所があるが、同配給所は、市中一般業者へ影響を与えないように、その利用者を国鉄職員及びその家族に限定している。また、原告の店舗は、現盛岡駅前北通街区(夕顔瀬町は含まれていない)に属するが、その地域内には、国鉄関係者を除いても約四〇〇世帯があるし、その地域が夕顔瀬町の商店街とも、幅約三・五メートルの市道(昭和四一年当時)をはさんで地域的に隣接しているため、夕顔瀬町居住者を顧客対象とすることも不可能ではなかつた。したがつて、所得が少なかつたとする原告の主張は、事実に反し、失当である。
四 証拠 <略>
理由
一 原告主張事実1、4は当事者間に争いがない。
二 <証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和四二年二月二八日、昭和四一年分の所得税の確定申告につき、納税相談のため盛岡税務署に赴いて、担当の成田昭吉係官から申告方法等につき種々教示を受けたが、その際、同係官が仕入関係の資料等に基づき一応の目安として示してきた金額をそのまま自己の所得金額として承認したうえ、同係官に、原告の署名押印のある確定申告書用紙に右の所得金額その他所要事項を代筆してもらつて、これを被告あてに任意に提出したものであることが認められる。<証拠略>のうち右認定に反する部分は信用できず、他には右認定を動かすに足りる証拠がない。
三 右のように、所得税について、納税義務者自身が確定申告をした場合には、真実の所得金額がその申告書記載の所得金額を下回ることの主張立証責任が、申告者側、つまり本件では原告にあるものと解される。
そして、本件においては、売上原価の総額、必要経費、及び各種控除額について当事者間に争いがないのであるから、前記申告にかかる所得金額ひいては税額が過大であるか否かは、結局、売上金額の如何によつて決まることとなる。
四 ところで、原告には帳簿の備付けも売上の記録もなかつた(この事実は原告も争わない)のであるから、原告の昭和四一年分の所得金額は、推計により算出するほかないが、本件更正請求棄却処分に当たり被告がした推計方法については、次に述べるとおり、その合理性に欠けるところがあつたとは認められない。
1 売上原価の内訳について
<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、その主張のとおりの経緯により、当該年分の仕入金額四九三万六、七九二円(総額については当事者間に争いがない。)を、鮮魚の分二四一万九、〇二八円、食料品の分二五一万七、七六四円、青果物の分五万円に区分したことが認められ、これに反する証拠はないが、鮮魚や食料品は、需要の季節的変動の少ない商品であること、原告の営業形態が昭和四一年から昭和四二年にかけて急激に変化したという特段の事情がないこと、<証拠略>のうち、鮮魚と食料品の割合が八五対一五であつたとする部分は信用し難いことなどに徴すれば、右の推計方法が不合理なものであつたとはいえない。
2 売上金額について
<証拠略>を総合すると、原告は、昭和三九年ごろから、北上川沿いの県道に面した商業住宅併用地区に店舗を構え、使用人を雇わず、妻の二人だけで鮮魚、食料品、及び若干の青果物の小売販売をしていたが、その顧客としては、盛岡駅前から北側で北上川と東北本線とにはさまれた地域にある約四〇〇戸が主体であつたこと、そして、原告の店舗の近くには類似の商品を扱う国鉄物資部の売店があるが、それは、原告の営業に不当な影響を与えるような性質のものではなかつたことが認められる。<証拠略>のうち右認定に反する部分は信用し難く、他にはこれを動かすに足りる証拠がない。
また、<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、類似同業者として、原告と同一の兼業割合によつて鮮魚、食料品、青果物の小売業を営む者を選定することが不可能であつたため、別表(二)記載のとおり、原告の取扱品目別に、それぞれの専業者で、原告と事業の規模、立地条件等が類似する者を、盛岡、仙台北、秋田南、山形、石巻の各税務署管内の昭和四一年分の所得税につき青色申告をした者の中から、相当数選定したうえ、同年分の売上金額及び差益金額を調査して、各品目につきその平均差益率を算出したこと(鮮魚が二四・二一パーセント、食料品が二〇・七六パーセント、青果物が二二・七二パーセント)、なお、右の選定に当たつては、鮮魚について、大口の納入先のあるもの、仕出しをしているもの、高級品を扱つているものを除くとか、食料品及び青果物について、平均差益率の精度を高めるため、東北地方の他の類似都市にまでその選定の範囲を拡げるとかの配慮がなされたこと、右の調査は、関係各税務署保管の青色申告決算書に基づいているため、資料の正確性に欠けるところのないものであつたこと、そして、被告は、各品目ごとに、右の平均差益率から平均原価率を求めたうえ、前記各売上原価をその平均原価率で除することにより、同年分の売上金額を、鮮魚につき金三一九万一、七五一円、食料品につき金三一七万七、三九〇円、青果物につき金六万四、六六〇円、合計金六四三万三、八〇一円と推計したことが認められ、これらの認定に反する証拠はない。
以上の認定事実に徴すると、売上金額について被告のした前記推計は、合理的なものと考えられる。原告は、同年分の売上金額が五八七万五、〇〇〇円にすぎなかつた旨主張するが、右の事実を肯認すべき証拠はないし、また、原告自身当時種々不利な条件が重なつてその営業が不振を極めていた旨述べていること、原告の昭和四二年分以降の申告所得金額(更正等がない)が別表(三)記載のとおりであつたことなども、右の推計の合理性を疑わせるに足りるほどのものではない。
五 右の推計の結果及び別表(一)中当事者間に争いのない事実関係によれば、原告の昭和四一年分の所得金額は金一〇一万八、五二九円(課税される所得金額は六三万〇、七五七円)で、前記原告の申告額(金七四万三、六〇〇円)をかなり上回ることになるのであつて、それにもかかわらず、原告の所得金額が、右の確定申告額をすら下回つていたとは、到底認めることが出来ず、したがつて、原告の申告にかかる税額も過大であるとはいえない。
六 そうすると、被告が原告の本件更正請求を棄却したのは正当で、その取消を求める本件請求は理由がないものといわなければならない。
よつて、原告の請求を棄却し、主文2につき民訴法八九条を適用する。
(裁判官 本郷元 須藤浩克 高橋隆一)
別表(一)、(二)、(三) <略>